ようこそ「秋」

2016年08月31日

今日で8月も終わりです。
立秋(8/7)、処暑(8/23)と暦上では「秋」が来ていましたが、昨日と今日の朝の涼しさで、秋の到来を体感しました。
日が少しずつ短くなっていることや、ヤマボウシの葉が黄葉して落ちる様や、庭で鳴くコオロギに秋の気配はありました。
夕方庭で、「ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、モウイイヨ、モウイイヨ、ジー」と鳴くツクツクボウシの鳴き声が、夏の終わりを告げているようです。
「食欲の秋」「スポーツの秋」「読書の秋」「芸術の秋」などと言われる「秋」です。一年中いつでもできることなのに、やはり秋が一番しっくりくる季節なのでしょうね。動きやすく、過ごしやすい季節、たくさんのことを仕上げたいものです。
「秋」、今年もようこそ私の所へ!

 

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」 (秋が来たと、目にははっきり見えないけれども、風の音に秋の訪れをはっと気づかされたことだ。)」  藤原敏行 (古今和歌集)

晩夏

2016年08月17日

気付けば、8月も後半に入っています。
暦は立秋を過ぎ、晩夏の候です。
しなくてはならないことに忙殺され、8月冒頭から、エンジンはターボのままです。
リオオリンピック、夏の甲子園、よさこい祭りと、非日常の行事が繰り広げられている8月。テレビの前に腰を据え、ゆっくり観戦することができなくても、十二分に非日常の雰囲気が堪能できるのは、いずこのチャンネルも、かなりの時間、それらの行事を繰り返し、或いはハイライトで放送してくれるからです。
地上、衛星放送と、私が子どもの頃からすると、チャンネル数も大幅に増えています。

 

お盆を過ぎ、あれほどけたたましく鳴いていたセミも、おとなしくなりました。木にとまっているアブラゼミも置物のようです。
木の根元には数か所、直径1㎝ほどの穴があいています。地中から地表への、セミの幼虫たちの通り道だったのでしょう。
夏の暑さはまだまだあるのに、セミの鳴き声が静かになると少し寂しく、「晩夏」の言葉が腑に落ちます。

 

読んだのは20年程前になるでしょうか、「死国」や「山妣」など、坂東眞砂子さんの作品を思い出します。怖さ、悲しさ、生臭さ、時には澱を生じる重い作品だけど、面白くて一気に読み通した作品です。