キンモクセイ(金木犀)

2016年10月19日

キンモクセイが香り始めました。今年は例年に比べ、香り始めるのが遅かったようです。
木の前にじっと立ち、みかん色の小さな花を見つめ、甘い香りを吸い込みます。
雨が降ると、花が散ってしまい、香りもなくなるので、どうかしばらくは良い天気であってほしいと願います。子どもの頃から慣れ親しんでいる、変わらない花の匂いは、何かしら懐かしく、郷愁を誘われます。
夏日の気温がぶり返しているここ2,3日ですが、あちらこちらで、オレンジ色の花と緑の葉が“秋”の訪れを見せてくれだしました。
キンモクセイの香りに見送られ、時に押し出されるように家を出る。そして、香りに迎えられて帰宅する。贅沢なアロマテラピーです。
今年も咲いてくれてありがとう。期間は短いけれど、十二分に花の香りを堪能させてもらいます。

 

「ありがとうの神様 (小林正観著)」、「自分を変える魔法の『口ぐせ』・・・ 夢がかなう言葉の法則  (佐藤富雄著)」、作者の考え方がよくわかる、とても読みやすい本です。

新居海岸

2016年10月10日

仁淀川河口と太平洋が交わる新居海岸へ、久しぶりに会った友人と行きました。
黒いウエットスーツに身を包んだサーファー達が波乗りをしています。
大気が安定せず、一日のうちどこかで雨に見舞われていた日々ですが、今日は雨の心配もない時間を過ごせています。

 

何十匹ものトンボが空中を旋回しています。
「人」ではなく、「自然の物」になったつもりで、右手を頭上に伸ばし、人差し指を突き出してしばし佇んでみました。友は「回すんじゃない?」と言いながら、人差し指をくるくる回しています。
1匹くらい体を休めに来るトンボがいるかもと思っていましたが、動きを止めるトンボは皆無で、機械仕掛けのように延々と旋回しています。

 

一組のサーファーがサーフボードに腹ばいに乗り、両手で海水を掻いて波乗りのポイントまで進んで行きます。カラフルなウエットスーツはなく、一様にモノトーンで黒っぽいウエットスーツのサーファー達が波間にたくさん見えます。

 

空中のトンボと海上のサーファーを眺めるゆったりした時間。身体に「陽気」と「元気」の+(プラス)の「気」が集まりました。自分を整えた穏やかな時間でした。

1期生の1か月

2016年09月30日

晴れた日が続いた7月、8月とは打って変わり、一日のうちどこかで雨が降るぐずぐずした天気の印象が強い9月でした。
晴れたと思えばすぐに土砂降り、安心して洗濯物を外へ干せない日々です。
台風が次から次へと発生しています。

 

季節は動き、明日から10月です。
9月に開始した1期生の授業も一月経ちました。
最初は、興味・関心のある事柄を題材に「問い」を出しています。
ブレインストーミングのバブル数も増えています。アウトライン、パラグラフライティングと、「自分なりの正解」を文章に書き表しています。
1限が80分の長さにも関わらず、「途中休憩を入れると、せっかく考えていることが中断されそうで」と休憩を入れずに、完成させています。
1つの題材にたっぷりと時間をかけ、自分自身に問いかけて解を出す一連の作業は、「思考力」も育みますが、「学ぶ力」もつけさせてくれます。
「たくさん学んでくれてありがとう」のささやかな気持ちを込めて、終了後におやつを食べて一息ついてもらっています。

秋分の日

2016年09月22日

ハッピーマンデー適用で、「敬老の日」が9月15日から第三月曜日に変わって久しくなりました。
「成人の日」、「海の日」、「体育の日」も然りです。
かつてはそれらの祝日が誕生日である友人、友人の子ども、知人を、祝日と紐づけて覚えていましたから、「昔の○○の日生まれ」を枕詞につけるようになりました。
秋分の日も、ずうっと9月23日だったように思います。友人のお子さんを「秋分の日生まれ」で覚えていますので。
インターネットで検索したら、《1896年以来116年ぶりに、22日が秋分の日》《1979年9月24日以来33年ぶりに23日以外が秋分の日》とのことです。
地球が太陽の周りを、きっちり365日で一周しているのではなく、端数があることを漠然と認識します。
「地球が自転している」ことや、「地球と月の距離が約38万キロメートル」、「地球の年齢は46億歳」などなど、本当に事実であるか、私にはわかりません。
しかし、専門家が研究して、計算式を立て、その分野の他の専門家も再現することができたということが「事実」としてあるから、それらのデータも正しいと信頼して信じます。
《地球の年齢は46億歳よりもっと若い》との学説もあるので、私が信じている「知識」は、いつか変わるかもしれないことが前提にあります。
ともあれ今日は、昼と夜の長さがほぼ同じの一日。
絵本にほっこりさせられました。

 

「たいせつなこと」マーガレット・ワイズ・ブラウン作 
「じつはよるのほんだなは」澤野秋文作 
「ピーター」バーナデット・ワッツ作 

明日から日暮れが少しずつ早くなりますね。

スイカ(西瓜)

2016年09月11日

“今日もまだある。”と、スーパーマーケットの店頭に、昨日と変わらずスイカが置かれているのを見るとなにかしら嬉しく感じます。
“去年はいつまで売られていたかなあ。食べ納めはいつだったかなあ。”と思いを巡らせます。
白露が過ぎ、朝方の涼しさに秋の風情があります。同時に、日中の暑さで夏の存在も認められます。そんな夏の頑張りをスイカが援護しているようです。
スイカを食べると呼び起こされる記憶は「線」ではないけれど、「点」で大好きだった祖父が出てきます。子どもの頃、祖父が大きな丸いスイカを切ってくれ、家族皆で食べた夏の夜の一光景です。ホタルも飛んでいました。なつかしんでもあの頃をもう一度味わうことは叶いません。記憶の中で再現して、スイカをスーパーのカゴに入れました。

 

「すいかの匂い」江國香織著、「百鬼夜行抄」今市子作、私の好みの短編集とマンガ集です。

授業スタート

2016年09月1日

9月になりました。
夏休みが終わり、多くの小中高校では2学期が始まりました。

 

当塾も、体験授業を経て第1期生が来てくれ、初めての授業がスタートしました。
「自分で考えて、自分の意見を持ち、それを人に伝える力を持つ」ようになるため、最初は興味関心のある、好きな分野からの「問い」で始動です。
個別のプログラムに基づき、体系的トレーニングを継続して行い、「自分で学ぶ力」「正解のない“問い”に取り組む力」をつけていきます。学校や進学塾などで学んだ知識を活用して、更に高度な学習技術を学んでいきます。
当塾のゴールは、Study Skills(学習技術)、Academic Skills(学問技術)の習得です。
「やって、よかった!」と言ってもらえるように、幅と深さのある学びを提供します。

ようこそ「秋」

2016年08月31日

今日で8月も終わりです。
立秋(8/7)、処暑(8/23)と暦上では「秋」が来ていましたが、昨日と今日の朝の涼しさで、秋の到来を体感しました。
日が少しずつ短くなっていることや、ヤマボウシの葉が黄葉して落ちる様や、庭で鳴くコオロギに秋の気配はありました。
夕方庭で、「ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、モウイイヨ、モウイイヨ、ジー」と鳴くツクツクボウシの鳴き声が、夏の終わりを告げているようです。
「食欲の秋」「スポーツの秋」「読書の秋」「芸術の秋」などと言われる「秋」です。一年中いつでもできることなのに、やはり秋が一番しっくりくる季節なのでしょうね。動きやすく、過ごしやすい季節、たくさんのことを仕上げたいものです。
「秋」、今年もようこそ私の所へ!

 

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」 (秋が来たと、目にははっきり見えないけれども、風の音に秋の訪れをはっと気づかされたことだ。)」  藤原敏行 (古今和歌集)

晩夏

2016年08月17日

気付けば、8月も後半に入っています。
暦は立秋を過ぎ、晩夏の候です。
しなくてはならないことに忙殺され、8月冒頭から、エンジンはターボのままです。
リオオリンピック、夏の甲子園、よさこい祭りと、非日常の行事が繰り広げられている8月。テレビの前に腰を据え、ゆっくり観戦することができなくても、十二分に非日常の雰囲気が堪能できるのは、いずこのチャンネルも、かなりの時間、それらの行事を繰り返し、或いはハイライトで放送してくれるからです。
地上、衛星放送と、私が子どもの頃からすると、チャンネル数も大幅に増えています。

 

お盆を過ぎ、あれほどけたたましく鳴いていたセミも、おとなしくなりました。木にとまっているアブラゼミも置物のようです。
木の根元には数か所、直径1㎝ほどの穴があいています。地中から地表への、セミの幼虫たちの通り道だったのでしょう。
夏の暑さはまだまだあるのに、セミの鳴き声が静かになると少し寂しく、「晩夏」の言葉が腑に落ちます。

 

読んだのは20年程前になるでしょうか、「死国」や「山妣」など、坂東眞砂子さんの作品を思い出します。怖さ、悲しさ、生臭さ、時には澱を生じる重い作品だけど、面白くて一気に読み通した作品です。

夏野菜

2016年07月29日

夏本番! 食卓に夏野菜の出番が多くなりました。
温室栽培などで、通年食べている夏野菜もたくさんありますが、やはり、旬の野菜は格別です。
キュウリ、ナス、トマト、ズッキーニ、オクラ、ツルムラサキ、モロヘイヤ、ニラ、ピーマン、カボチャ、トウモロコシなどなど、見ているだけでも、元気になれる赤や黄色、緑色や紫の夏野菜です。
プランターで栽培したトマトは皮が固くて、お店で買ったトマトのように上質でないけれど、無農薬だし、育てた愛着はあるしで、満足して頬張っています。
つい先日、NHKのテレビで、健康や美容にいいとされる、オクラのネバネバを最大限に引き出す方法が紹介されていました。
オクラもよく食べていますが、新しい調理法を知ることができました。朝採りのオクラを買ってきていたので、早速小さく、小さく刻んで、水を入れ、冷蔵庫に一晩寝かせました。
翌日のメニューは、朝はオクラ納豆に始まり、昼はオクラサンドイッチ、夕飯にはオクラそうめんと、毎食オクラを使ってみました。
明日は、夏野菜カレーにしてみましょう。

 

           「かぼちゃ」  星野富弘
    夏の陽に焼けた
    この元気な色つやを見よ
    自信に満ちた
    この重さを見よ
    そして味わってみよ
    今の私に欠けているもの
    ばかりじゃあないか
           

ルート33

2016年07月22日

梅雨明けして、夏らしい暑い日々です。
車で松山へ行きました。
高知から松山は、高速より、国道33号線を走るのが好きです。1時間余りで、愛媛県に入ります。久万高原町です。
サイモンとガーファンクル、ビートルズ、イーグルスを聞きながら、くねくねの山道を走ります。1960年代、1970年代を代表するグループですが、良いものには、新しいも古いもないものですね。
黄色の蛍光板に、不等号<のような、ひらがなの「く」の文字のような警告標識が、幾度も幾度も現れます。道路沿いに建つ民家のブロック塀にも、黄色の蛍光塗料が塗られています。
身内が危篤とか、約束の時間に遅れそうとか、心を急がす必要のない今日は、周りの景色が余計に目に入ります。
「道の駅 天空の郷さんさん」に立ち寄ることも、楽しみです。新鮮、安い、おいしいと3拍子揃っています。三坂道路ができて、松山への時間も短縮されました。
旅人のキノが、モトラドのエルメスと旅をする小説「キノの旅」シリーズを思い出しながら、運転を楽しみました。命の洗濯日和でした。

蝉時雨

2016年07月16日

庭の木々にとまったクマゼミの大合唱が、今日も響いています。
エゴノキとヤマボウシの間を、足早に通ろうとすると、大きな羽音を立てて一斉に飛び立ち、私の頭や手にぶつかってしまうクマゼミもいます。
そうっと木々に近寄ると、目の前の低い位置でさえ、何匹ものクマゼミが、お腹を振りながら鳴いています。静かにとまっているのは、雌なのでしょう。
アブラゼミはまだみかけません。数が減ってきているのでしょうか。
木の色に紛れて見つけにくいのですが、ニイニイゼミもいます。
「長い間土の中で過ごして、地上に出てきても1週間ほどの短い命」とよく聞きます。
幼虫が、地中にいる期間は1年から7年、中には17年のセミもいるらしいのですが、地上では、3週間から1か月くらい生きているそうです。
地中では、モグラやケラや菌類の、地上では、クモやハチやカマキリなどの天敵がいます。なかなか厳しい一生です。
セミの鳴き声はにぎやかで、やかましく鳴きしきるけど、気持ちは和らぎます。

 

松尾芭蕉『奥の細道』の中の有名な句です。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」(ああ何という静けさだ。その中で岩に染み通っていくような蝉の声が、いよいよ静けさを強めている。)

 

山中の自然の中に身心をゆだねると、この心境が味わえることと思います。
蝉

時間

2016年07月11日

「時間」が早く経ってしまう時と遅く流れてしまう時を、数え切れないほど経験してきました。
多くの場合、好きなことや楽しいことをしていると、時間が早く過ぎてしまいます。非日常の旅先では、時間の流れはあっと言う間です。しなくてはならないことができていない、苦しい立場の場合も、時間は早く過ぎてしまいます。
カエルやクマなど、冬眠している間も時間は規則的に時を刻みます。SF作品にみられる、人間の人工冬眠でも同様です。
生体活動を停止している間は、固体の時間は止まっているということになるのでしょうか。老化しないということなのでしょうか。
1時間=60分の物理学的な時間も、人によって、状況によって、感じる長さや速さは違います。
「時間」は本当にこの世に存在しているのでしょうか。
過日テレビで、「モーガン・フリーマン 時空を超えて・選“時間”は存在するのか?」という番組を見ました。世界の研究者たちがさまざまな角度から「時間」について取り組んでいました。
明確な答えが出せない問いです。
「浦島太郎」「眠れぬ森の美女」「時をかける少女」「七瀬ふたたび」「テルマエロマエ」など、タイムスリップを題材とした本や漫画の出来事は、現実に起きていることなのかもと思ってしまいます。

ムクゲ(木槿)

2016年07月2日

雨の中、白地に赤の傘をいくつもいくつもさしているように見えるムクゲの花です。
今日は久しぶりに太陽が照り付ける晴れた一日です。
朝咲いて夕方にはしぼんでしまいますが、次から次に新しい花が咲いてくれます。
地に落ちた花を、火バサミで拾うのが日課となっています。
雨の日よりも晴れた日のほうが、落ちる花の数が断然少ないです。
5月に咲いて楽しませてくれたエゴノキは、小さくて可憐な花でしたが、ムクゲは大きくて、存在感があります。
やがて梅雨が明け、蝉時雨の夏が来ても、威風堂々と咲き続けます。
土地の広さが許せば、どこまで高木になるのか見ることができるのですが。

 

「道のべの木槿は馬に食はれけり」馬上で詠んだ松尾芭蕉の句です。(街道を馬で行くと、道ばたにムクゲの花が咲いている。と眺めるより早く、その花は馬に食われてしまったよ。)
芭蕉さんも驚いたことでしょう。ムクゲの余韻に浸る間もなく、ひょいと馬の顔が眼前に現れて、ぱくっと、花を食べてしまったのですから。
梅雨の晴れ間、我が家のムクゲは、アゲハチョウが羽を広げて休んでいます。

IMG_1829

ショウリョウバッタ(精霊蝗虫)

2016年06月28日

プランターに植えた大葉が、見事に食べられています。
虫が寄り付きにくいからと植えた、マリーゴールドやバジルでさえ、食べられてしまっています。
1~2cmほどのショウリョウバッタが2匹、ちょこんと芝の上にいます。黄緑色の保護色をしています。
幼虫なのに、この食欲です。芝生の間に生えている雑草と、プランターに植えている草花との区別がつくはずもなく、今年もまた、たくさんの草花が食べつくされそうです。
私の都合で雑草と分類した草も、私の好みで植えた草花も、ショウリョウバッタにとっては、同じ価値です。

 

金子みすゞさんの「大漁」という詩がよぎります。

    朝焼小焼だ
    大漁だ
    大羽鰮(いわし)の
    大漁だ。

    浜は祭りの
    ようだけど
    海のなかでは
    何萬(まん)の
    鰮のとむらい
    するだろう。

相手の立場に立つと違うものが見えるものですね。
IMG_1845

体系的・継続的なスキルトレーニング

2016年06月19日

「読み取る力」「伝える力」などの学習技術は、体系的・継続的なトレーニングの上に築かれます。
学校で学んだ知識は一度身につけてもテストが過ぎれば「忘却の彼方に」といったケースもありますが、技術は一度身につけると失うことはありません。
鉄棒の逆上がり、自転車や車の運転、スケートや水泳などの技術を想像してください。歳を追うごとに忘れ、失うのではなく、一度身につけた技術は更に向上する可能性を秘めています。

 

「読み取る力」「伝える力」を学年相応に基礎的・集中的トレーニングが実践されているアメリカの事例(表1)をご覧ください。
大学での学びに向けたカリキュラム、スキルトレーニングが、小学低学年より高校卒業まで途切れることなく組まれています。
アメリカでは、「読み取る力」「伝える力」は知識として学ぶものではなく、技術としてトレーニングをするものであると捉えています。
尚、下の表で紹介されている「ショーアンドテル」とは、子どもが自宅から好きなものを持ってきて、クラスの皆の前で、それを見せながら説明することです。自分の好きなものを相手によく知ってもらうために、伝えたいことをまとめ、人前でわかりやすく話すといった力が身につく学習活動です。
アメリカの学校でのスキルトレーニング

鳩時計

2016年06月13日

我が家に、30年以上時を刻んでくれている鳩時計があります。
今日はやけに時間が経つのがゆっくりしているなあと感じていました。
そして、一日が長~く使えて得した気分になっていました。
それにしても、と別の時計を見て驚きました。
実際は2時間以上が過ぎているのに、鳩時計は1時間ほどしか過ぎていなかったのです。

 

私の好きな漫画、アニメに「ARIA」という作品があります。
ARIA の舞台となる「惑星アクア」の自転周期は約24時間、公転周期はマンホーム(地球)の約2倍の24か月です。
私たちの1年は12か月ですが、アクアの1年は24か月です。
今日の我が家の鳩時計は、アクア時間になっていました。
アクア体験ができて、やはりお得な1日でした。
しかし、1日24時間に変わりはないので、乾電池を交換した後は、今日中にしておきたいことを完遂するべく、倍速で動くはめになりました。

レトリック(Rhetoric) 

2016年06月6日

レトリックは、紀元前5世紀半ば頃、シチリア島のシラクーサで誕生したと言われています。
民主制を樹立したシラクーサの人々は、僭主に強奪された権利や私有財産を取り戻すために数多くの民事訴訟を起こしました。
僭主の長期にわたる占有で、所有権を示す「文書」や「証拠資料」はほとんどなく、裁判では「説得力」のある議論をする人が有利でした。
そこで、人を説得するための技術が必要とされ、話し言葉による発話の技術であるレトリックが誕生したのです。
「弁論術」と呼ばれるものです。
レトリックは、ギリシャへ、ギリシャがローマに制圧されるとローマ圏へと広がり隆盛を極めました。
科学が発達してくると、人々の考えは、科学が真実に近づく方法だとの考えになってきて、文を彩る(文彩)レトリックは軽んじられてきました。科学者が示す方が、説得力があるからです。科学の実験は、誰が再試行しても同じ結果を得ることができて、信頼に値し信用もされるからです。
レトリックは、言葉を有効に使って、うまく美しく表現する修辞的説得だけではありません。
仮説や命題が真である理由を明らかにする論証的説得もあります。
文彩(修辞)と議論法(論証)です。
文彩には比喩、議論法には演繹法や帰納法があります。これらを活用すると、自分の考えを相手にわかりやすく説明するために効果的で、説得力を持って伝えることができます。
レトリックを実践して、言語表現の幅を広げていきましょう。

学習技術

2016年06月5日

学ぶために、そして、学習行動をしていく中で獲得するスキルが学習技術です。
自分がどういった種類の学びをしたいかで、必要とされる学習技術は変わってきます。
答えのある「問い」に取り組む場合と、答えのない「問い」に取り組む場合では、違った学習技術が必要です。
学びの目的を設定すること、その目的を遂行するために必要な学習技術を知ること、そして学習技術を自分のものにすることが、学びを探求するのに役立ちます。

 

日本では、日本の大学入試制度に合わせた学習技術を身につけてきました。おもに、正確に速く正解を出す学習技術です。「記憶して再生する力」です。2020年度からの大学入試制度では、「思考力」も、併せて問われるものに変わろうとしています。これは、大学入学後、自分で問いを立て、答えを導くために、自ら学問に主体的に取り組む力を身につけているかどうかを見極めるためだからです。
「記憶して再生する力」に加えて「考える力」を学びの目的として設定することが大切です。

 

新たに設定した目的を遂行するためには、従来の学習技術だけでは不十分です。
「考える力」を培う学習技術が必要になります。それには、「分析力」「評価力」「創造力」が不可欠です。
クリティカルシンキングやクリエイティブシンキングなどの思考スキルの修練が中軸となります。
物事を分類して整理する、分類したものを組み合わせて新たなものを生み出す、そして新たなものの価値を判断する力が、「考える力」を養うために必要な学習技術だと知ることです。

 

学習技術を自分のものにするには、これまでも度々ブログで取り上げてきましたが、トレーニングを積むことです。
学習技術を知識としてとどめるのではなく、反復して数こなし、経験値をあげていきます。
「継続は力なり」(Practice makes perfect)の名言が示すように、トレーニングを続けることで、学習技術は向上します。

 

フィギュアスケートの羽生結弦選手の活躍には、練習拠点、コーチや振付師の存在が欠かせないように、学習技術の獲得にも、環境や指導者の果たす役割は多大です。
自分に必要な学習技術を獲得して、学びを探求しましょう。

面接

2016年06月4日

入学や就職試験での面接には、どのような心構え、準備をして臨めば良い結果が得られるのでしょうか。
自分自身を知ること、問答のトレーニングを数こなしておくこと、身だしなみを整えておくことが、面接成功への鍵となります。

 

まず、自分自身を知ることですが、面接本番までに時間の猶予があります。
志願理由書(ブログ5/22)でも記したように、自分自身を見つめ、周囲の意見も聞いて、自分がどういった人間であるかの自己分析をやり遂げておきます。
そうすることで、面接官のどんな質問にも、自分の言葉で答えることができるからです。
面接の模範解答にふりまわされないようにしましょう。
金太郎飴のような一律のものではなく、多様な人材を求めているので、正直に自分を表現しましょう。
面接官は、自分自身を知っている人を求めています。

 

次に、問答のトレーニングを数こなしておくことです。
質問を想定して練習しておきます。
本番までに、何度も練習をして、会話のキャッチボールができるようにしておきましょう。
単語ではなく、文で言葉のやり取りができるようにしておきましょう。
トレーニングを通じて、面接に臨む気持ちを準備万端にします。そうすれば、勢いもつきます。
それが、本番での自信につながっていきます。

 

最後に、身だしなみを整えておきます。
面接での第一印象は、合否の大切な判断材料です。
服装、髪型、姿勢など、だれでも確実に準備できる、常識的なことはきちんとしておきます。

 

備えあれば患いなしです。準備する時間があります。志願理由書を書き上げ、自分なりの言葉で表現できるよう、トレーニングを繰り返して面接に臨み、悔いが残らないものにしましょう。

プレゼンテーション

2016年06月3日

プレゼンテーションとは、聞き手に対して企画や情報を提示、提案して伝える技術です。
プレゼンテーションが成功するか否かは、内容と提示方法で決まります。
内容に価値があり、聞き手にメリットが生じるようなものを準備します。
内容に関しては、これまで幾度も述べてきましたが、ブレインストーミング、クリティカルシンキング、クリエイティブシンキングなどの思考スキルを活用すると、中味のしっかりしたものが作成できます。
それを聞き手に対してどのように伝えるかが重要です。
プレゼンテーションを成功に導く秘訣は、聞き手の立場に立つこと、聞き手の理解度を読み取ること、トレーニングを積んでおくことです。

 

聞き手の立場に立つとは、聞き手が理解しやすい範囲で準備をすることです。
つまり、情報をあれもこれもと、詰め込みすぎないことです。
多くの情報があると、焦点がぼけてしまい、プレゼンテーションが効果的に働きません。
制限時間内で伝えられる、聞き手にとって、価値があり、喜びを感じられる提示を考えます。

 

聞き手の理解度を読み取ることは、自分(プレゼンテーター)から聞き手、聞き手から自分の双方向性を持っているプレゼンテーションだからこそ、できることです。
聞き手は目の前にいるので、表情を見ることができます。
うなずいたり、首を傾げたりする聞き手の反応を見ながら、理解度を読み取ります。
言葉を言い換えて、納得してもらうようにわかりやすく説明します。
プロジェクターやレーザーポイント、小道具など、聞き手が理解しやすくするために使用します。
聞き手の理解度を読み取ることは、プレゼンテーションを上手に運ぶための一策です。

 

トレーニングを積むことで、プレゼンテーション能力が上達します。
楽器の演奏、スポーツ、自動車の運転などと同様に、練習を繰り返すことで技術が向上するのです。
アメリカでは、自分の意見を述べ、情報を伝える力のトレーニングとして、幼稚園から小学校低学年の間はショウ&テルを、それからプレゼンテーションを、発達段階に応じて、繰り返し学習しています。
人前で話すことに慣れ、どのような構成でプレゼンテーションを行えばよいのか、小さい時から回数をこなしてトレーニングしているのです。
その蓄積がプレゼンテーション能力に反映します。

 

テレビのコマーシャルや通販番組も、プレゼンテーションです。
視聴者の反応をリアルタイムで見ることができない一方通行のプレゼンテーションです。
一方通行、双方向性のいずれの場合も、プレゼンテーションは、伝える中味と伝え方で、首尾よくいくか、いかないかが決まります。
トレーニングを積んで、経験を増やし、プレゼンテーションの能力や技術を高めましょう。
聞き手が興味を持つような、聞き手の立場に立った、そして、内容が聞き手に理解されるようなプレゼンテーションを行うよう心がけましょう。

ホッツ スタディハウス 高知
Tel.088-831-2089
〒780-8040 高知市神田853-16
E-mail:kochi@ehots.jp